どんどん気温が上がり、人々が活動的になる2月

気温が上がる喜び
道に雪や氷がなくなり、だんだん暖かくなってきた。太陽が高くなりつつある2月、人々は前屈みの寒々とした姿勢から、一気に背筋を伸ばして歩き出す。

散歩に出掛ける人々
まだ山頂には雪が残っているものの、ゆるやかなラダックの日々が戻り始めていた。

陰と陽
太陽が高く陰影がはっきりとしてきた。ただ、この日なたと日かげ、体感温度がまったく違う。影の部分は明らかに2月の寒い空気が流れているのだ。

病院のそばの壁絵
ラダックで一般的なアルコールは、ワインなのだろうか。散歩をするといろんなものに出会う。

春よお帰り
絨毯屋も雑貨屋も、ゆるりとお店を開けている。冬の装いを解いたレーが懐かしい。

市場へ行ってみた
店員は外に椅子を出して、のんびりと往来する人を見ていた。外の方が気持ちよいのだろう。

賑やかな市場
なんとなく人が多く感じる。僻地の市場には違いないが、賑やかな市場という印象も加わっているのだった。

開放的なココロ
道行く人同士が雑談に興じている。太陽の高さは心のゆとり。耐えるラダッキから、明るいラダッキへ。

さぁ自転車を使うぞ!
雪が溶けたら自転車で移動だ!メンテナンスをした自転車を使ってこの子はどこへ行くのだろう。

人心集まるところ
レーほどの規模の町でも、大きなチョルテンや大きなマニ壇は、人が集まる場所の中心に据えられている。

文化伝承
お爺さんは、よその家の子どもにゆっくりと話しかけていた。時空を超えた遠い昔の話でも、伝えていく文化がラダックには存在している。

真言石
オム・マニ・ペメ・フム、と書いているのだろうか。石とて経年変化する。何百年後か、この石はどうなっているのだろう。

夏に向けて
商売人は汗を流す。太陽が高いほど商売できる時間は長くなる。

手作業の金物
金物屋が盛況だった。国内の大量生産工場で作った金物も多いが、手作業で作ったんじゃないかという金物も売っていて、温かみを感じるのだった。

とある壁
チベット文化圏のレーでは、思わぬところで仏画を見ることができる。

王宮の変化
見晴らしの良い食堂でご飯を食べた。ふと王宮に目をやると、何となくだが色合いが1月とは異なっていた。

過ぎ行く季節
山々の雪が目に見えて減っていた。寒い寒いと言っていた冬なのに、通り過ぎるとどこか物足りなさを感じたりもするのだった。

アッラーの元へ
しばらく風景を眺めていたら、団体が目抜き通りを歩いてきた。どうやらイスラム式のお葬式のようだ。

悲しみの静けさ
小さな町の中をまっぷたつにする目抜き通りを、お葬式の団体はただ無言で通り過ぎていった。静けさが通りをを包み込む。

夕刻のサンシャワー
もうすぐ夕方だ。一度、宿へ帰ろう。山の中の町だけに、夕方が近づくと通りには影が落ちている。小高いところだけが夕日に照らされて輝いていた。

彫りの深い町
夕刻が近づいてきた。旧市街の夕方は、陰影が濃くなり美しい。

今日もお疲れさま
2月になってから、毎日のように太陽と会っている。日の入りは明日への序章。太陽さん、また、明日お会いしましょう。

食料品店の熱意
夜が始まりを告げた。夕方を過ぎるとほとんどの店が閉店するレーだが、それでも開けているお店にとっては日の入り後も、かき入れ時なのである。

屋上会議
翌朝、日課になっている王宮を見ながらのチャイを楽しみにして屋上へ登った。やや遠めのご近所さんと叫び合いながら情報交換をしていた。となりのおばさんが「ハッハッハ」と笑うと、あちこちからおばさんの「ウフフ」「クスクス」という笑い声がたくさん聞こえてきた。

気のあう子ども
突然、ナンを食べたくなって、パン屋へ行った。子どももお腹が減っているのか、ナンを物欲しげに見つめていた。

おかわり目線だったのだ
「何枚ほしい?」と聞くので「3枚。自分は2枚で、あと1枚はこの子にあげて」と言うと、「この子はさっき食べたんだよ」と笑って答えてくれた。

共通事項
目抜き通りに出てみるとバザーが開かれていた。女たちが寄ってたかって「良いもの」を品定めしている。日本のバーゲンやワゴンセールを思い出したのだった。

ハンドメイド
チリンを筆頭に、ラダックでは銀が産出するらしい。町を歩けば銀細工の店をぽつりぽつりと見かけることになる。お土産屋さんのアクセサリーや食器は彼らの手から生み出された手工芸なのだ。

ラダックの実演販売
休憩にチャイを飲んだ。初めて入った店だったが、店頭でピッタンペッタンとパンをこねていて、引き寄せられていったのだ。

誕生日の夕刻
今日は友人のロブサーンの誕生日。色紙の鎖で飾り付けられた部屋に招き入れられ、なぜかレストランのスタッフたちとトランプゲームに興じる。

今日は飲める日
カタの横には滅多に飲まない酒。誕生日は、トランプやお酒など、日頃は遠慮していることをするチャンスでもあるのだ。

年頃の誕生日
「あぁ、彼女がほしい」。アムド出身で亡命チベタンのロブサーンはつぶやいた。現場に居合わせたのだが、実は数日前に意中の人にラブレターを渡し、丁重に断られて落ち込んでいるのを酒で紛らわせていたのだった。

アムドレストランの息子
さらに次の日、今度はロブサーンと同郷の実業家の息子が誕生日というのだ。招待状までいただいたので、ロブサーンと一緒に駆け付けた。

アムド式バースデー
とにかく、誕生日プレゼントの山、山、山。ロブサーンは昨日のことはすっかり忘れて、目を輝かせながら「これがチベットの子どもの誕生日だよ」と教えてくれた。

物質は自由に
どこで手に入れたのか、お菓子の中に立てられる祭壇のミニチュアもチベット式とのこと。インドと中国は仲が悪く、チベットとインドの境界は厳しいと聞くが、物質は関所を越えて双方向に流通しているのだった。

花の形をしたパン
子どもの誕生日に用意される食事やお菓子には、日本人の季節行事の食べ物のように意味があるようだった。分かるまで説明してくれるロブサーンは、傷心のため早くも酒に飲まれていて聞けなかった。

肉じゃがの国際性
驚くほど肉じゃがと似たチベット料理「ピンシャ」。春雨が入り、ターメリックが効いているなど、違いはあるものの本当に驚く一品。もちろん「これが美味しく作れると、日本では男が喜ぶのだ」と言ったのだが、うら若きチベタンの乙女たちは「キャー、これうまく作れるようになって日本人と結婚しようかしら」とはしゃぐのだった。

チベットのスープ
肉の煮込みかと思って食べたら、豆スープのような味付けでこれまたビックリさせられた。

メッセージ
招かれた客人は、今日の主人公でもある実業家の息子、テンジン君に声をかけていく。「また日本から来るから、健康に大きくなっていろよ」とロブサーンに翻訳してもらった。

笑顔のつながり
そして最後は恒例のダンスパーティー。流れている曲はラダックの物ではなく、チベットのものだという。でも、踊りはラダックでもチベットも同じのようだ。盆踊りがゆらゆら揺れているようなダンスが深夜まで続く。誰もが身内のように笑顔になっていく。

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