ラテン民族かつ旧共産主義国家の首都とは

ブカレスト北駅
ブルガリアのルセを出発した列車がブカレストに到着した。首都だけれども広い空。西ヨーロッパやアジアの国々との差に思いを馳せる。ガランとした殺風景なプラットホームだった。

昼ビールの文化
ブカレスト北駅から出ると、スラムのような市場のような場所に出くわした。昼間っからビール。なんか良さげなところだぞ。

ビールの売れ行き
次々と生ビールが売れてゆく。今日は平日。失業しているのか仕事が休みなのか…。

中心部の風景
国民の館や旧共産党本部の方角へ散歩してみた。車の交通量は、そんなに多くはない。そして、走っている車の年式が古かった。

守り続けた信仰
似たような建造物群が続く中、突如、教会が現れる。入ってみると、外の風景の色合いとはまったく異なるギラギラのフレスコ画が待っていた。

強いインパクト
横を見ても上を見ても、信仰の魂が延々と続いている。西ヨーロッパの教会よりも徹底して作り込まれた色合いとコントラスト。

革命の聖地
旧共産党本部の前に来ると、鎮魂のモニュメントがあった。ルーマニア革命当時、この頂上でチャウシェスクは演説し、地下から親衛隊が涌いてきて、デモに参加した人を虐殺した。それでも、民衆は勝ったのだ。

残る銃痕
いま現在でも、自由を勝ち取った時の戦いの大きさが見て取ることができる。広場の周辺には数えきれないほどの銃痕が、補修されずに残されている。

国民を見下してきた私邸
大理石をふんだんに使い、3000えお超える部屋と地下シェルターがあるという宮殿。名前は「国民の館」。名前だけは立派だが、実際はチャウシェスクのための私邸だったのだ。これを作るためにルーマニアの人々の生活は困窮したという。二度と繰り返してはならない歴史。

国民の館を斜めから
凄まじい威圧感を持つ国民の館。一周するだけで1時間を費やしてしまった。

為政者の近くでも
国民の館に背を向けてしばらく歩くと、住宅地に入った。先ほどのような威圧的な光景はなく、やさしい風景が広がっていた。

自然にエコ暮らし
狙ってではなく、勝手になってしまったのだろうが、家がツタに覆われていた。

なかなか見ない彩色
あまり艶っぽさがないルーマニアの食事だが、たまにケーキ屋さんを見かける。イチゴにチョコレート、そして何よりも真っ白なホイップクリームが目に鮮やかな色合いを放っていた。

さぁ、梯子を登るぞ
工事の作業員が声をかけてきた。梯子に登って作業をするから「おれを撮ってくれ」という。ルーマニア人はインドにルーツがあると言うが、なんとなくその空気を感じる発言だ。

どうだ!格好いいだろう
梯子を登ったおじさんはおもむろにトンカチを取り出し、くぎを打ち始めた。

喧噪の質
住宅地を抜けると大通りに出てきた。少々、騒々しいが、アジアや西ヨーロッパのそれとは異なる喧噪だった。

国民的飲料
ルーマニアのビールは安い。場合によっては水よりも安い。市場で飲めば生のジョッキが数十円で飲める。どうやって稼いでいるのかは謎だが、平日の昼でもビアホールだけは賑わっている。

ビールを飲みたい
たまにジプシーが町を歩いている。おばあさんはビールを物欲しそうな顔で見ていた。

旧共産主義時代の残り香
信号や標識など小さな物にも旧共産主義国家の歴史を感じる。四角く平べったい信号が歴史を感じさせる。

ノーメンテナンス
ブカレストの道路は、いたるところが剥げている。上にかぶせられているアスファルトの管理が行き届いておらず、昔の石畳が出てきているのだ。

ほら、あそこにも
さっきの場所から顔を数十度横に向けるだけで、さらにひどい剥離が目につく。こんな調子で道からワイヤーや鉄筋が剥き出しになっていたり、穴が開いていたりする。

仲間とともに
そんな場所はオレ達が直すぜ!とばかりに、また労働者から写真撮影を頼まれた。苦しい時代をくぐり抜けてきた仲間の労働者と記念写真をパチリ。

ペプシの水色と店の赤
2004年当時、外国人がルーマニアで商売をすることは、税金上、優遇されていた。さまざまな外資資本が流れ込み、まず、看板や広告という分野に、これまで見たこともない色があふれることになった。

ブカレストのホスピタリティ
とはいえ、裏道には昔からの庶民の暮らしが根付いている。そこがブカレストの魅力であろう。灰色の国の首都と呼ばれながらも、ブカレストにはラテンの血と、やさしい大地からの精神が根付いている。

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